比べてみても (S・Sさん)
我が家の息子夫婦は地元紙を読んでいる。彼らが朝日を覗きに来ないのに対して、私は再々拝見する。カミさんは折込広告の多さを羨んだりしている。
 私など時に全国紙を読み比べたり、この頃はご親切に朝昼番組にTVが各紙を読んでくれるので嫌でも見比べ(聞き比べ)られる。
 勿論個々のニュース、或いは短日時で新聞を早計に判断は出来ないが、逆説各紙への歴史的評価、世界の報道機関からのそれは、じんわり読者の既に知る処である。
 真夏に高校野球は県大会の席に座り、甲子園のTVには最大限時間を割く私である。
 朝日の爽やかさは他紙に比べ様もない。


「朝日」よガンバレ
K記者が凶弾に倒れた事件はいまだに未解決だが、朝日新聞社が襲われたのは二・二六事件をはじめに幾つか有るし、朝日への批判、為にする批判の声は最近また少し勢いを強めている様でさえある。
 何でも対米従属の左証の如く、今日のこの国でも新保守主義(ネオ・コン)の勢いは揚げ潮らしく、「国民と共に起たん」と大戦後に誓い直した「朝日」などはやはり目障りと思われる様である。
 つまりは、権力の横暴、不条理に対して抗する朝日は、まだ生きているのである。
 私などは、時々の社説や、コラム、記事の取り上げ方、扱いに学びつつ、ナニクソ守らねば・・・と「朝日」党を自認するこの頃である。


馴染みと期待とが
電車は網棚にわすれられた新聞に、得した気分はしても親しみは湧かない。見慣れていない他紙ならなお更である。
 ペンや湯呑をはじめに人は身の回りの物や景観にさえ、親しみや落着を覚えるが、朝日新聞もまさに私の生活の一部分である。
 広島市内に幼い時代が有り乍ら幸運にも被爆を免れたせいか、歴史や真実、個と集団、メディアと世論、等々が若いのに頃からの関心であった。分けても安保闘争や公害闘争、朝日訴訟など、学ぶ時代が著しくダイナミックであった。
 朝日新聞は様々学ぶこと、知ること、知ることに欠かせない深みと鋭さを持っている。


だから私は朝日新聞を読んでいます3 (広島市安佐南区在住 F・Sさん)
我が家に朝日新聞がきたのは、祖父母の結婚、昭和二十年です。祖母は高校野球が大好きだから朝日との事。朝日は日本、世界の情報がよくわかります。が、地方版は少なく残念です。また今の新聞はカラー写真が多く使用され、美しく読み易くなりました。また年代別に興味ある欄も多数あり楽しむ事ができます。特に読者からの「声」の欄はいろいろな考え、いろいろな人生が見え勉強になります。情報だけでなく読者からの声も大いに書いていただき、皆で新聞を盛り上げていけたら、もっと新聞が面白くなると思います。


だから私は朝日新聞を読んでいます2 (広島市安佐南区在住 T・Nさん)
私が朝日新聞を読み始めたのは、関西で長く暮らした事のある主人との結婚がきっかけでした。ずっと広島暮らしだった私には、それまでなじみがなかったので、初めは乗り気ではなかったのですが、主人が他の新聞では嫌だと言うので、購読する事になりました。
 あれから12年がたちましたが、ずっと読み続けている一番の理由は、“紙面の充実”です。政治面と経済面はちょっと苦手ですが、全てのページに毎朝目を通します。小学生の娘がいるので、今の子供達をとりまく環境や、事件、教育の問題など、新聞を読んで考える事は色々とあります。
 今では私の生活の大切な情報源です。


だから私は朝日新聞を読んでいます1 (大竹市在住 K・Yさん)
ラジオとテレビはNHK。そして新聞は「朝日」の私は、この3月に長年勤務させていただいた学校現場を定年退職した者で、天声人語はずっと昔からのファンです。
最近はめまぐるしく変化する世の中についていけなくて残念ですが、それでもいつも納得し、教えられています。ニュース記事も批判して読むように心掛けていますが、いつも「なるほど」と感心させられ、毎朝ゆっくりと目を通すことを楽しみにしています。


なぜ朝日を読むか。 (東広島市西条在住 S・Sさん)購読歴30年
子供の頃からずっと朝日新聞だった。天声人語・ひと・社説・ひととき・声は必ず読むようにと親に言われ、日課となっていた。それが私の思考の基となり、知識の種となった。今でも日課は変わらない。忙しい時にはこの五つの欄を読むだけでも十分に世の中の様々を感じ取ることができるから。
朝日新聞の記事は簡潔で明快。愛想は無い。でも解りやすい、読みやすい。だから私はこれからも朝日新聞を読み続けると思う。


朝日新聞によせて。 (熊野在住 K・Fさん)購読歴50年
朝日新聞を読み始めて、わが家としては半世紀以上。一度も変えたことはない。変えようと思ったこともない。何十年にもわたって読みつづけているのは、朝日新聞が好きだから。
 何より、品が良い。プライバシーに踏みこむ、週刊誌のような記事を求める読者には物足りないかもしれない。しかし、被害者や加害者のこと細かな私的情報は、私たちの日常生活には必要がない。朝日の節度が心地よい。
そのかわり、読み捨てるには惜しい記事でいっぱい。切りぬいておいて何回も読み返すものもある。たまたま現在、手帳に挟んでいるものは、「天声人語」11月1日、辻信一氏の「こころの風景」、早野透論説委員の「ポリティカにっぽん」、堀田力氏の「相談室・メールの使い方」など。先日の「折々のうた」も、中島敦の思わぬ一面が楽しくてとってある。
 経済面でもあり、細かい字で敬遠される方もあるかもしれないが、「経済気象台」の面白さ、読みやすさも、なかなかである。昔は、どの新聞もこの位の活字だったのだが。
 他にも、加藤周一氏の「夕日妄語」、梅原猛氏の「反時代的密語」、時折の大江健三郎氏の往復書簡、しばし休載中だが吉田秀和氏の評論なども、ぎっしり詰まった高密度のエネルギーを、紙面から読者に向って放出しているようだ。「朝日」だなぁ、と感じる。
 上質を感じるといえば、家庭面の投稿欄「ひととき」も、その一つ。事実や感想の単なる羅列、こなれておらず「それが、どうしたの・・?」とたずねたくなるような、テーマの見えない文章はない。しゃれていて、よく練られている。辛いこと苦しいことも、むきだしに言ってしまうのでなく、抑制の効いた、いわば「おとなの女性」という感じの投稿が多く、同感だけでなく尊敬をも払えるのが嬉しい。
家を離れている3人の子どもも、それぞれの所で「朝日新聞」を愛読している。ある者は購読、ある者は寮で、またある者は図書館に出かけていっては、朝日を選んで読んでいる。読んでいるのは知りつつも、気に入った記事、気になる記事があると、切抜きやコピーを送ることもある。電話で話す時、或いは帰省して話す時、朝日の記事が家族の共通の話題となり、知らず知らず価値観をも共有している。子育てにも、朝日。



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